何もかも嫌になったでは離婚は無理

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明確な離婚事由がない場合に「性格の不一致」とするのは問題が多い

人が人を好きになるのに、これといった理由もなく好きになることがあるのと同じように、夫婦を長くやっているうちに、ある日突然これといった理由もなく嫌いになるというケースもないではありません。家庭裁判所に持ち込まれる離婚紛争の動機を調べてみますと、ここ数年、男女ともに一番多いのが、「性格の不一致」です。 結婚する当初から、育った環境も性格も全く異なる者同士であることはわかった上で、夫婦共同生活を送り始めるわけですから、考えようによっては「性格の不一致」を離婚理由とするのはおかしいような気もします。ただ、夫婦生活を送っていくうちに、相手方の親族との折り合いの問題とか、子育ての問題、生活態度の問題、性生活の問題等々から、不満や不信感が、知らず知らずのうちに積み重なって、ついには相手に我慢ができなくなり、ひいては愛情の喪失まで進み、夫婦生活は破綻し、円満な夫婦関係を回復することはとても望めない状況に至ることがあります。このような場合に離婚することができるか否かは、難しい問題です。

夫婦生活が破綻しているという事実だけでは必ずしも離婚を認めてもらえない

話し合って離婚ができればいいのですが、離婚を突きつけられた側では、離婚する理由も離婚する意思も毛頭ないわけですから、離婚の申し出を拒否します。話し合いによる離婚がダメとなれば、調停による離婚も無理でしょう。そうすると、裁判によって離婚を請求するしかありません。裁判離婚では、破綻主義の傾向にあるといわれています。しかし、明確な法定離婚原因もないままに夫婦生活が破綻していても、裁判所は離婚を認めることはあまりしません。離婚を認め得るほどに破綻しているかどうかは、ひとえに裁判官個人の自由裁量にまかされており、客観的な判断基準がないからだともいえます。本来、離婚裁判にまで来るような夫婦の場合には、そこまで思い詰めているわけですから、夫婦生活は破綻している例が多いでしょう。裁判所が「原告が胸襟を開き被告を受け入れれば」とか「反省すべき点を十分反省すれば」などのもとに離婚請求を棄却しても、そのような判決が出されたからといって、円満な夫婦生活の戻ることは、ほとんど望めないというのが現実だと思います。夫婦関係が破綻した場合の離婚については、一定の基準が法制化されるのを期待するしかありません。ちなみに、民法の改正案では、①配偶者に不貞な行為があったとき、②配偶者から悪意で遺棄されたときで、いずれも婚姻関係が回復の見込のないほど破綻しているとき、③配偶者の生死が3年以上明らかでないとき、④夫婦が5年以上継続して婚姻の本旨に反する別居をしているとき、⑤前記の③④のほか、婚姻関係が破綻して回復の見込がないとき、を裁判で離婚ができる離婚原因としています。

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